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旧明解活動用語辞典1h>
第一回・カツライス(2006.4)
『カツライス』なんて、イマドキ、洋食屋のメニューでも珍しくなっている感があるが、映画界の『カツライス』と言えば、勝(カツ)新太郎と市川雷(ライ)蔵のことである。『ス』がなんなのかというツッコミはこの際ナシ。
旧大映映画の黄金時代は、このカツライスは、映せば当たる安定番組。
ならば、新劇でもと思うのだが、雷蔵の映画は事情があって掛けられない状態。よって、当館でも『カツライス』は死語になったと思われたが、今月はなんと『続・次郎長富士』を上映。カツライスに長谷川一夫までついた豪華版。
さらにさらに、4月4日までは『悪名無敵』まで上映。今月のプログラムは、カツが多めの『カツライス』。これで腹一杯。
(解説 2010.1)
歳時記という形をとっているとさすがに書くのがシンドくなってきたので、用語辞典という形にしてみたのがこれ。今では口にされなくなった映画用語を解説しようという試みである。
ところでこれ、気付いた読者は一人もいないと思うが、その昔キネマ旬報が出していたSL雑誌『蒸気機関車』に掲載されてた『新迷解鉄道用語辞典』の筆者的なパロディであり、オマージュであった。
第二回・総天然色(2006.5)
「あちらをご覧下さい。『総天然色』と書いてあります。あれはまだテレビが一般的でなく、映画が娯楽の王様だったころに出来た言葉です」
当劇場表のパネルの前で、観光人力車のリキシャマンさんたちが、こんな風に説明しているのを良く聞く。
たしかに間違っちゃいないが、わかったようなわからないような……。だからどうしたと、聞き返してみたくもなる。
『総天然色』とは、早い話、『全部色つき』という意味である。映画が娯楽の王様だった頃に出来たには違いないが、テレビよりもモノクロ映画との比較で語ってもらいたい。
『総天然色』以前、映画はモノクロ、もしくは色が付いても場面毎に単一の色彩で染め上げる調色であった。それが技術の進歩と観客の目が肥えてきたのに対応して、カラー映画が出来、その宣伝文句が『総天然色』だったわけだ。
しかし、『天然色』などといいながら、この言葉が謳われていた頃の映画の色彩は、お世辞にも、天然そのままの色とは言い難い……なんてことは、当劇場のお客さんには自明のハズ。
富士、イーストマン、アグファ、テクニカラー、コニカラーと、日本映画には、様々なカラー方式が使われたが、(それぞれに味わいはあるが)本来の意味での天然色が実現したのは、極最近ではあるまいか?
それだけ昔の映画は非日常性、虚構性が強いということだが、にもかかわらず魅せられてしまうのが、映画の魔力なのである。
ところで、『全部色つき』があれば、当然『所々色つき』もある。それは『パートカラー』と呼ぶが、それまた改めて。
(解説 2010.1)
この月より文章スペースを倍にし、今に至る新劇チラシの形が固まった。実は前月よりこうしたかったのだが、忙しくてレイアウトを変更する時間がなかった。
最後に『パートカラー』についての記述があるが、本当にいずれ書くつもりだったのだが、残念ながらそれを取り上げるような番組に当たらなかった。
それにしても、今でも『総天然色』への通行人の食い付きは凄い。封切り作品も『総天然色』と謳ってみたらよいのではと思ったりする。
第三回・ムードアクション(2006.6)
このコラムのネタは、当劇場ウインドウ前での観光
人力車夫サンたちの案内から得ることが多い。
で、ある日のことである。表の自販機の補充をして
いると、こんな説明を小耳に挟んだ。
『ムードアクションって書いてありますねえ。ムード
のあるアクションということでしょうかねえ?』
まあ、言葉そのままなので間違っちゃいないが、こ
の際だからはっきりしておこう。
当館でトリをとることが多い大スター石原裕次郎だ
が、昭和37年あたり、(当時での青年から中年になる頃)になると、さすがに人気が落ちてきた。そこで日活首脳部がヒネリ出したのが、メロドラマとアクションを合体させた『ムードアクション』という、新ジャンルなのである。
翳りのあるヒーロー(裕次郎)と、愁いを帯びたヒロイン(浅丘ルリ子が多い)との出会いとすれ違い、そして障害となる影の存在と対決し、勝利することで愛を獲得する姿は、まさにニュー石原裕次郎の誕生であった。
今月の番組では『帰らざる波止場』そうなので、この際その魅力を再確認していただきたい。
それにしても、昔のスターは三十代にしてこの風格。それに引き替え、近頃の俳優は、どうしていつまで経っても、その辺の兄ちゃん姉ちゃんと大差ないのか?
第四回・少年小説(2006.7)
厳密に言えば、小説の一ジャンルなのだが、日本映画には、『少年小説』を映画化した作品が意外に多いのである。
『少年小説』とは、我が国がかつて軍事国家だった時代、青少年に愛国心を植え付けるために書かれた、血沸き肉踊る冒険小説のことである……なんて書くと堅苦しいが、そんなことはない。
たとえば、ある作品には、娘の武勇を喜ぶ父親の台詞にこんなのがあったりする。
『流石は儂の娘、キン○マが付いてないのが惜しいくらいじゃ』
それに対する娘のリアクションがまたいい。
『まあ嫌だわ、御父様ったら、キン○マだなんて』
作品名は失念したが、こんなンで本当に愛国心が養えたのであろうか?
そんな、楽しい少年小説を、大胆な脚色で映画化したのが今月上映の『海底軍艦』である。原作は明治時代(時代が時代だけに原作の敵は露助!)に書かれた同名小説で、当時の少年たちを熱狂させたという。
この小説『海底軍艦』、実は全六話からなるシリイズ(昔はこう書いた)で、その最終話に当たる『東洋武侠団』は、1927年に当時の日活大将軍(凄い映画会社名である)で映画化(なんとッ、脚本・山本嘉次郎、監督・内田吐夢)されている。これが見てみたい。フィルムがないだろうけど。
(解説 2010.1)
文中の台詞は、横田順彌の『SF古典こてん』からのいただきである。
第五回・新発声装置(2006.8)
発声装置と言うと古めかしいが、フィルムに記録された音を再生する設備のことである。といってもお隣の中映劇場でこの間導入された、最新式ドルビー・デジタル音響のことではない。
映画館が衰退の一途を辿っていた1980年代後半、地方の場末の映画館には『新発声装置導入しました』という張り紙が、よく見られたものである。どんな音かと思って入ってみると、それまでの音とどこが違うのかまったくわからず、第一、上映されている作品は、ステレオ音響などとは縁遠い、モノラルのポルノ映画だったりした。ようするに新発声装置とは、客寄せのハッタリだったのである。
もっとも配給会社でも、一時期、意味不明の名前を付けた新発声装置で、お客を呼ぼうとしていたのだから、大同小異といったところ。
今月上映の『潜水艦イ−57降伏せず』は、封切り当時『パースペクタ』なる新発声装置で上映された作品。現在そのシステムで上映することは不可能だが、当劇場でも、アンプを新しくしたばかりなので、耳を凝らせば、以前と違った音に聞こえること請け合い。そのほか『鬼畜』では、手回しオルガン演奏の映画音楽(日本映画初)が聞きものである。
ところでこの『鬼畜』、監督は初め、緒形拳の役を渥美清にさせようとしていたらしい。寅とイメージを壊すという理由で、実現しなかったのは残念である。
第六回・凸凹コンビ(2006.9)
篠田正浩が松竹の監督になりたての頃の話である。ある日、撮影所長の城戸四郎に呼ばれてこう訊かれた。
『君はギャグをいくつ知っているかね?』
イキナリそんなことを聞かれた篠田は困り果て、『滑って転んだ』風のギャグ(のようなもの)を苦し紛れに話したという。
それに対して城戸は、『ぼくはたくさん知っているよ』と、うれしそうにいくつも発表したそうだ。その中の一つにこんなのがあった。
『大きい奴と小さい奴、それが並んでいるだけで面白いだろ』
こんな相対する二つの対象の妙、これこそが凸凹コンビの面白さだろう。その極めつけが、『兵隊やくざ』だと断言する。
傍若無人で頭は悪いが人間くさい勝新太郎と、クールなインテリ田村高廣との凸凹(というよりデブヤセ)コンビが、本来敵であるはずの中国軍をほっといて、腐敗した日本軍相手に大暴れ。
今回は上映しないが、二人の終戦直後を描いた『兵隊やくざ・強奪』には、中国人の赤ん坊を拾い『日本人ならともかく、中国人の子供だ』と、置いて行こうとするクールな田村に対する、人情派、勝の『人間の子供ですゼ』という台詞は泣ける。今回好評なら、続編もやるのでよろしく。
(解説 2010.1)
城戸四郎のギャグの話しは、篠田正浩のインタビュー番組で知ったことである。
第七回・いい奴(2006.10)
映画『犬神家の一族』で、警部役の加藤武がこんな台詞を言う。
『人間には二種類しかいない、いいヤツと、悪いヤツ』
とまあ、映画の中では、人間をいいヤツと悪いヤツのどちらかに分けてしまいがちだが、実はもう一つ、『グッド・バッド・マン』、つまり『良い悪人』なんてのがいたりする。つまり、悪人として登場するが、周囲の影響やら、ことの成り行きやらで、改心する(逆もある)人間である。例に挙げれば『銀嶺の果て』の銀行強盗、志村喬や、『暗黒街の顔役』の殺し屋、佐藤允あたりが(例がマイナーで申し訳ない)そうだが、清濁を併せ持った人間本来の魅力に溢れ、彼らの活躍には男泣きさせられたものである。
今月上映の『無法松の一生』に登場する富島松五郎も間違いなくそんな類の一人。粗野で無学だが、道理は解り、心優しく純粋、世の男すべてが惚れる、これぞ男のプロトタイプ。
さて今作で松五郎を演じるのは、阪妻、三船、三国連太郎に続く、勝新太郎。人によっては勝新無法松をベストに挙げるそうで、これを期に是非ともスクリーンで確認してもらいたい。
ついでに言うと、日本映画史上の名作として燦然と輝いているこの脚本、『無法松の一生』に決まる前のタイトルは、ズバリ『いい奴』だった。
(解説 2010.1)
後で気付いたことだが、加藤武の台詞は反対で『悪いヤツと、いいヤツ』が正しい。
第八回・マツケン一門(2006.11)
『マツケン』といっても松平健の一派ではない。松浦健郎(マツウラ ケンロウ)と、その弟子たち(山崎巌、中西隆三、酒井尽三、雪室俊一、等々)とでなんとなく出来上がっていた脚本家集団のことである。
この集団、日本映画黄金期を中心に、大手五社は言うに及ばず、独立プロから、ポルノ映画、果てはテレビアニメに至るまでとにかく書きまくった。
当館の番組でも、毎月必ず一本以上、タイトルにマツケン一門の名前を見ることが出来、その多さには驚くばかりである。
その作風は徹底したサービス精神と活劇指向。特に日活作品では、石原裕次郎の名作『風速40米』を書くかと思えば、小林旭の奇想天外なコメディ『銀座の次郎長』シリーズや、唯一の怪獣映画『大巨獣ガッパ』まで手がける幅の広さ。
こう書くと器用貧乏、映画黄金期の粗製濫造とも受けられかねないが、親分である松浦健郎の師匠は、かの黒澤映画の舵取り役であった脚本界の巨人、小国英雄。さらに遡ると、かの大作家、武者小路実篤にたどり着くという、由緒正しい物書きの系統。なにを隠そう、かく言うソレガシも、マツケンの孫弟子にあたる末裔の一人である。
今月では、『新選組』が松浦脚本なので、その職人技を堪能していただきたい。 (文中敬称略)
第九回・早撮り名人(2006.12)
かつての映画界はとにかくスケールがデカかった。なにせ『天皇』が三人もいた。その一人が、早撮りの名人として知られる監督、渡辺邦男である。
彼の早撮りのテクニックは痛快である。
どんな天候でも撮影が出来るように、晴れ、曇り、雨用と三通りのコンテを準備する。NGは出さない。同じポジション、アングルのカットをまとめて撮る、『中抜き』は当たり前。役者が出番に遅れると、その場面を省くという豪傑振り。そんなワケだからスケジュールも予算もオーバーせず、おまけに映画は大当たりばかり(内一本は日本映画史上最大級のヒット作と言われる『明治天皇と日露大戦争』!!)。同じヒットメーカーでも、予算もスケジュールも大オーバーし、会社を困らせ続けた天皇、黒澤明とは大違い。
しかも渡辺は、オールスター映画では、スターごとにアップの数を同じにするという離れ業までやってのけというからただ者ではない。
今月上映の『忠臣蔵』は、大映のシネマスコープ第一弾であり、大映が総力を挙げたオールスター映画。彼はこれを30日で撮り上げた。
さて、残るあと一人の天皇はというと、黄金期の東映で大活躍した脚本家の比佐芳武(『多羅尾伴内』の生みの親)。渡辺の作品には、比佐脚本もある。天皇二人の共同作業、これは豪華だ。
第十回・1969年(2007.1)
今月は1969年公開の作品が3本ある。などと言われてもピンと来ないとは思うが、日本映画史では、この年代は重要な意味を持つ。
テレビジョンの普及に伴い、映画は斜陽産業と呼ばれ、動員数は落ち、企画は枯渇し、一発大逆転をねらって各社そろって無茶をやり、それが許された最後の年なのである。
それだけに1969年前後の日本映画界は狂っていたというのが正しい。松竹はなにを思ったか『吸血鬼ゴケミドロ』といった怪奇映画を連発し、東宝では怪獣路線を終結させるために怪獣忠臣蔵ともいうべき『怪獣総進撃』を作る。東映は『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』で、異常性愛シリーズに終止符を打つ。
翌1970年の大阪万博を境に、撮影所には解体、切り売り、リストラの嵐が吹き荒れて、それまでの日本映画は死んでゆく。
そして、他業種からの資本が大量に流れ込み、映画会社は自由に映画を作れなくなる。まあつまり、よく言えば民主主義的かつ最大公約数的でまろやか。悪く言えば可もなく不可もない、鮮烈さに欠けた現在の日本映画界の基礎が築かれたのである。
日本映画が元気を取り戻したと言われる昨今、本当の意味で元気があったのは、1969年までであったことをこれを機に確認していただきたい。
(解説 2010.1)
1969年で日本映画は死んだというのは、我ながら言いすぎだとは思うのだが、個人的には日本映画は、80年代前半までだと思っている。それ以降、今に至るまで面白いと思える作品はなくはないが、あくまで突然変異としてであり、作品全体が(日本映画界全体も)それ以前に比べ、おしなべてレベルが低くなったと感じている。
第十一回・各社カラー(2007.2)
今でこそ映画会社は、どこもかしこも似通った映画を作っているが、かつてはスターが専属契約をしていたこともあってか、厳然とポリシーを持った企画を打ち出していた。それが各社カラーである。
例えば、日活では、スターがなにより力を持っていたので、それを生かすための企画が多かったし、反対に監督をはじめ、撮影所が力を持った松竹では、作家主義的な作品が創られた。
かと思えば、なによりも社長の鶴の一声(山奥の爺っちゃん、婆っちゃんが泣いて喜ぶ映画を作れ、と言ったりした)でなにもかも決まった大映では、玉石混合の混沌とした中から、溝口健二のような監督や作品が生み出されたのはなんとも興味深い。
はたまた、昨今、一人勝ちの感もある東宝は、今も昔も続くプロデューサー主義で、邦画各社の中では、もっとも出来不出来の差の小さい(あくまで一般論としてだが)作品を堅実に生みだし続けている。
あなたはどのカラーがお好みであろうか?
ところで、各社カラーと言うと、フィルム製造会社によっても、その色合いは著しく異なったりするのだが、それはまた別のお話。
おっと、邦画にはもう一つ会社があった。東映のカラーは、え〜と……、お隣りのアニキにお任せいたしまする。
第十二回・牧野一家金言集(2007.3)
牧野一家は泣く子も黙る映画一族。『マキノ』と聞いただけで映画を連想するのは小生だけではあるまい。なんてったって、名字の中にドイツ語で映画を意味する『KINO』が入っちゃってるからだろう。
その頂点であり、日本映画の父と謳われる牧野省三が語った、今も通用する映画作りの神髄がこれ。
『1すじ、2ヌケ、3動作』
そこの人、『一富士、二鷹、三ナスビ』じゃないよ。すじはストーリー、つまり脚本。ヌケは撮影技術と現像処理。動作は役者の演技のことだ。
続いては、次男でプロデューサーの光男が、赤狩りで映画を撮れなくなった、今井正を招いた時の一言。
『共産党もへったくれもない。わしらは日本映画党や。 かまわん』
シビレるなあ。男なら一度は言ってみたい。
さて、ドン尻に控えしは、長男で映画監督の雅弘。彼は演出の時にこう曰った。
『荒いタッチでキメ細かくいくでえ〜』
思わずどっちやねんッと、突っ込みたくなるが、これほどマキノ映画を物語る一言があろうか。これこそ、声に出して言いたい日本語である。
そんなマキノ作品『女組長』は3月7日から。同時上映の『男はつらいよ』には、省三の孫であり去年監督デビューを果たした、津川雅彦が奇しくも出演。
第十三回・和尚さん(2007.4)
映画監督の中には、異業種監督という、なにかの勢いで別の仕事から参入してきたポッと出がいる。まあだいたいツマラナイ映画を一本撮って消えていくのが関の山なのだが、その一方で、医師免許(大森一樹)や教員免許(金子修介)といった堂々とした資格を持ちながら、どこでどう人生を見誤ったか専業監督をしている人もいる。なかでも極めつけは、四日からの『連合艦隊』を撮った松林宗恵(まつばやし しゅうえ)監督であろう。
この人はなんと、僧籍を持っている。当然、愛称は『和尚さん』である。
この和尚さん、戦争映画の名手として有名だが、当館の人気プログラム『社長シリーズ』で東宝黄金期を支えた一人でもある。
僧侶になるくらいなので、理想も高かったのだろう。『社長シリーズ』を撮っている時、こんなプログラム・ピクチャーでいいのかと悩んだこともあるそうだ。
人間臭い話しではないか。こんな人物の撮った映画が面白くないわけがない。これから映画を撮ろうという異業種監督は、一度説法を聞いておくこと。
また和尚さんは、先の大戦で海軍軍人をしており、その経験が『連合艦隊』に反映されている。空母に着艦できない新米飛行士と長門裕之とのやりとりは、この映画最大の泣かせどころなので、お見逃しなく。
(解説 2010.1)
筆者は、『宗恵』を長い間『しゅうえい』と延ばして読んでいた。『しゅうえ』だと知ったのはつい最近である。だから、チラシの方は『しゅうえい』と書いてある。上の原稿は訂正済。
第十四回・シリーズ映画二作目傑作伝説(2007.5)
今月はなぜかシリーズ映画の二作目が多い。
誰が言い出したのかは知らないが、続編は一作目よりツマラナイと言われる。が、マニア筋では、二作目が一番面白いという声が圧倒的に多い。
例えば、世界的人気宇宙活劇映画やら、全国的超有名ロボットアニメ劇場版などがそう言われている。
なに、例えがわかりにくい?
ならば、新劇的に言うと、(上映できないけれど)『眠狂四郎』シリーズなんぞは、一作目『殺法帖』の凡庸さに比べ、二作目『勝負』の圧倒的な面白さを思い出していただきたい(実際封切り時、二作目の方がヒットした)。また、今月上映される『御用牙 かみそり半蔵地獄責め』の見事なハジケっぷりは、一作目など足下にも及ばない。狂ったキャラクターは、狂った監督に撮らせるべきという実例であろう。
では、なぜ二作目が面白くなるのかというと、しち面倒くさい人物や舞台の説明を一作目で済ませているので、物語に専念できるからだろう。もっとも、人気に寄りかかった二作目が多いのも事実なのだが……。
これまた、今月上映の『ALWAYS 三丁目の夕日』は、今秋二作目が封切りとなる。果たして、新たな傑作伝説を作るか、単なる柳の下のドジョウになるかは見てのお楽しみ。その前に当館のスクリーンで一作目の復習をどうぞ。
第十五回・映画監督逆噴射伝説(2007.6)
今頃『機長、なにするんですか?』を流行らそうというわけではないが、今回は映画製作にまつわる監督大暴れのお話し。
まずは、かの黒澤明に楯突た助監督時代の加藤泰。撮っていた映画『羅生門』がワケ分からんと監督を問い詰めたあげく、納得できる答えを貰えなかったので翌日から現場に出てこなかったそうな。
その黒澤明は、助監督に出ていけと怒鳴るのが年中行事だったが、『トラ・トラ・トラ!』では度が過ぎたのか、助監督が一人もいなくなってしまった。おまけに、本人もハリウッドから降板させられてしまったのだから、もうメチャクチャである。そんな黒澤の助監督をしながら一度も怒鳴られなかった男がいる。
野村芳太郎だ。
父親も松竹の監督で、デビュー以来会社に逆らうことのなく、器用で働き者の優等生監督だったはずの彼だが、今月上映の『張り込み』では大逆噴射。
会社の命令をまるっきり無視して、予算も日程も大オーバー、夏の一週間の話を夏から撮り始めて終わったのは年末だった(でも真夏にしか見えないのは凄い)。松竹ではこれを『野村の謀反』と呼んだらしいが、これが後のドル箱となる推理モノへの先駆けとなったのだから、損して得取れとはこのこと。そんなことを頭に入れて、見ていただけたらと思う。
第十六回・鉄ちゃん的映画鑑賞法(2007.7)
近頃、電オタ(電車オタク)がブームらしい。数あるマニアの中でも、鉄道マニア(彼らは自分たちを鉄ちゃんと呼ぶ)の浮世ばなれぶりは群を抜いていて、にわかに信じがたいことではある。ある本によると、特に鉄っちゃんでなくとも、スクリーンに蒸気機関車が映ると、男性客は、大なり小なり『おおッ』と胸をときめかすそうで、『鉄魂(鉄ちゃんの魂)』は男のDNAに刻まれているのかも知れない。
映画には実に様々な鉄道が登場する。例えば邦画の総天然色第一作『カルメン故郷に帰る』にはかつて軽井沢を走っていた草軽電鉄をたっぷりと(おまけにカラー)見ることができる。この鉄道は、筆者が生まれる前に廃線になっているものだから、初めて見たときは、話しそっちのけで画面を見入ったものである。
どこのなんていう鉄道か分かっているからまだ良いが、ほんのちょっとだけ鉄道が写っている例(『男はつらいよ』に多い)は、もう無数にある。そんなのに遭遇するともう何線のなんていう車両かを考えて頭は一杯になり、やはり話しはそっちのけになる。
七月十一日からの番組は、そんな鉄ちゃん泣かせの旅関連三本立て(但し『ギターを抱えたひとり旅』に鉄道が出てくるかは不明)。なんか夢中になって書いていたら、鉄ちゃん(自称モグリ)なのがバレた気がする。う〜む。
(解説 2010.1)
少し前になにかで、なんと草軽電鉄が舞台になった映画があることを知ったが、タイトルを忘れてしまった。
第十七回・『若大将ッ がんばって〜!!』(2007.8)
上の台詞を聞いたとたん『いやあ、まいったなあ〜』と続きが浮かぶ人は、竹中直人のコントの見過ぎである。シリーズ中にそんなやりとりはない。
浅草の名所の一つに、浅草東宝跡地にサン然と輝く『明るく楽しい東宝映画』の看板がある。あの看板が残っているのは、おそらく全国でもあそこだけ。東宝ファンの聖地として、永久保存するべきである。
それはともかく、若大将=加山雄三ほど、このキャッチフレーズを体現したキャラクターはおらず(もう一人挙げろと言われれば、植木等だろう)、その単純明快、人畜無害、明朗快活ぶりは、現在にまで脈々と続く、東宝娯楽映画の王道中の王道。
その若大将がクライマックスでピンチに陥った時、一発大逆転のマジックワードがこの台詞。
今回上映されるシリーズ第5作『海の若大将』は、低迷し始めた人気を盛り返し、その後の長期シリーズへ導いた作品。本当に、若大将はがんばったッ。
実はこの作品は、脚本の初期段階では、若大将と恋人が肉体関係にまで発展することになっており、そっち方面でもがんばるはずだった……が、結局若大将にふさわしくないということで中止(この辺りが東宝らしいところ)、完成作品のようになった。
今回よ〜く見てもらって、どの辺りでがんばるハズだったのか、妄想をふくらませるのも面白い。
(解説 2010.1)
浅草東宝の建物は、今年の2月か3月に、とうとう取り壊しになってしまう。『明るく楽しい東宝映画』の看板が見られるのもあと僅かである。全国の東宝ファンよ、見物するなら今の内である。
第十八回・黒澤作品再生産(2007.9)
企画が尽きたというわけでもないだろうが、過去の作品のリメイクが盛んである。その波は、いよいよというか、とうとうというか、世界の黒澤監督作品にまで及んできた。
ハリウッドでは『酔いどれ天使』が、テレビでは、この秋に『天国と地獄』と『生きる』が放映され、そして日本映画でも『椿三十郎』が正月に公開。さらに、『用心棒』と『隠し砦の三悪人』が準備中である。
黒澤監督は生前、続編やリメイク作品を、『上手く出来たものはほとんどない』と切り捨てており、さぞやあの世でフクザツな気持ちでいることと思う。
ところが、今月の上映の『姿三四郎』は、脚本を提供しただけでなく、自らのプロダクションで製作までした唯一の作品。これを別の監督が撮ったらどうなるかという巨匠の探求心と見るか? 単なる金儲け主義と見るか? 筆者は、監督お気に入りの役者、加山雄三で姿三四郎を見たかったという素直な気持ちの表れのような気もするが、そこはそれぞれ判断して欲しい。
調べてみればこの映画、国内における黒澤監督作品の初リメイクらしいので、この秋から始まるリメイクラッシュに備える意味でもオススメである。それに、滅多に上映されない作品でもあり、次にいつ見られるか分からないので、二度三度と足を運んで、目に焼き付けていただきたい。
第十九回・トリマシタ ナキマシタ(2007.10)
権威におもねらないことをモットーとしている当館(ウソ)には珍しく、今月上映の『無法松の一生』は、ベネチア映画祭で『金獅子賞』を受賞した国際的評価の定まった名作である。
『トリマシタ ナキマシタ』は、その受賞時、監督の稲垣浩が日本へ打った有名な電文。
それしか無かったとはいえ、電報というのが泣かせるね。この十文字に監督の感激が凝縮されているところなんか、ここで長々書いていることが恥ずかしくなっちゃうくらいだ。
ならば、お祝いの言葉も短い方が良いので一つご紹介。黒澤明がアカデミー特別賞を貰った時、衛星生中継で笠智衆が監督に送ったお祝いの言葉だ。
『こんぐらちゅ〜れ〜ぃしょん』
ただのおめでとうじゃないかと言う無かれ。これがベタベタの熊本訛り(『れ』にアクセントを置いて言ってみよう)で、見事に笠智衆の言葉になっていた。
ところで、『無法松の一生』の受賞で泣いた(であろう)男がもう一人。同映画祭に『楢山節考』を出品して『無法松の一生』と争い、賞を逃した木下恵介である。巷では、監督が現地に行かなかったために賞を逸したと噂された。
今月は木下作品『衝動殺人 息子よ』の上映するので、こちらもよろしく。
第二十回・特別出演 丹波哲郎(2007.11)
1970年代の日本映画には、このタイトルがやたらと出てくる。が、その意味するところは、未だによく分かっていない。
例えば、丹波哲郎の晩年のトークショーでの発言である。『新幹線大爆破(当然、特別出演)』の話しになった時、彼は例の口調でこう言った。
『いやあ、たまたま通りかかったんだろうなあ。現場に。それで出ることになったんだ』
『新幹線大爆破』における彼は、ラストで犯人、高倉健を、『Gメン75』の如く追い詰める役で、たまたま出来る筈はないのだが、特別出演の秘密の一端として、妙に納得したもんだ。
そしてまた、彼の仕事スタイルとして有名な台詞のカンニングペーパーの話しになると、
『カンニングペーパーなどとは人聞きが悪い。あれは堂々としたものだよ』
と、例の口調で言い。まったく悪びれない。どうやら視線を泳がす、彼独特の演技スタイルは、カンニングペーパーを捜すことで成り立つらしい。まったく大したものである。
そんな丹波哲郎が亡くなって、早一年余り。彼の代わりになるような俳優は未だに出てこない。たぶんもう無理だろう。今月上映の『三匹の侍』と『影狩り』で、彼の演技を堪能していただきたい。
第二十一回・正月映画(2007.12)
本来は12月の半ば過ぎくらいでないと、正月番組という気分が出ないものだが、近頃ではせっかちになったのか、11月末からもう正月映画と呼ぶらしい。
とはいうものの、昨今の邦画の場合、テレビで日頃見かける顔を、改めてスクリーンで見たところで、正月映画という感慨があるのかしらと思う。
それに比べて、邦画華やかなりし頃は、スタアに希少価値があった。正月番組となれば、それこそ各社専属のスタアをコレデモカと登場させ、一大顔見世興行をしたものである。中には、スタアが新年の挨拶だけをする『謹賀新年(1933年・松竹)』などという作品もあったりして、これなどは、映画による年賀状というか、究極の正月映画という趣すらある。
で、当劇場の今月の番組を見てみると、なんと新年第一弾までに、正月映画として封切られた作品が五本(『牡丹と竜』『男はつらいよ』『暗黒街の対決』『遊侠三国志』『武士の一分』)もある。
平均すれば一週一本。週替わりで正月映画が楽しめる計算である。ここは是非とも、一足早いお正月気分とともに、往年のスタア顔見せ興行を味わっていただきたい。新作もいいけど、旧作もね。シネコンもいいけど、シンゲキもね。
今年一年有難うございました。来年もよろしくお願いいたします。良いお年を。
(解説 2010.1)
この辺りから、なにが旧明解活動用語なのかわからなくなってきている
第二十二回・続(2008.1)
まことに勝手ながら、2007年における映画界最大の話題は、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』における『続』タイトルの復活とさせていただく。
今でこそシリーズ作品は、『なになに2』とか『3』とかの数字で表すのが一般的だが、かつては二作目を『続なになに』といったものである。なかでも、松竹の『番頭はんと丁稚どん』シリーズなどは、三作目を『続々〜』四作目に至っては『続々々〜』ともうなにがなんやら。
なんといっても『続』で有名なのは、当館でも人気の東宝の『社長』シリーズだろう。これなどは正続の二本で物語が完結するようになっている。
かつては盛んに使われた『続』タイトルが廃れた理由だが、シリーズとはいえ、厳密に物語が続いていることは稀なので、つけにくくなったのだろう。なんでも当たる時代とは違い、コケたら大変とビビりながら作る当節では、シリーズをいつでも終わらせられる状態にしておくことも重要である。
その中で、『LIMIT OF LOVE 海猿』は、最初から二本作目を見込んでおり、本来なら『続・海猿』というタイトルでいきたいところ。残念ながらそうならなかったのは、猿のごとき海賊が大暴れする、時代海洋活劇かなにかと間違われそうだからか?
今月は、その他『続・男の紋章』もあるのでよろしく。
第二十三回・シリーズ全五十作(2008.2)
渥美さんがもう少し生きておられたら、『男はつらいよ』はどうなっていたかという話しである。
山田洋次監督は、『男はつらいよ』を五十作目で区切りと考えていて、それにこだわっていたらしい。
しかし残念ながら、本流としての『男はつらいよ』は、四十八作で終了した。第四十八作を仮に五十作目と考えると、間に入るはずだった第四十八、四十九作目はどんな作品になるはずだったのか?
今月上映の第四十七作『拝啓 車寅次郎様』は、そんな幻の二本への手掛かりとなる作品である。
紙面がないため、あっさりと結論だが、この作品に登場した満男(吉岡秀隆)の恋人、菜穂(牧瀬里穂)が失われた二本にも登場したと思われる。第四十八作では、二人の恋模様がもっと突っ込んだ形で描かれ、続く、第四十九作目で恋が破局する。そして、第五十作目が、実際に製作された第四十七作である。ここで、満男は、前の恋人、泉(後藤久美子)と再会し結ばれ、寅さんとリリイ(浅丘ルリ子)とが見守って、大団円。
なんで、そう考えるかというと、『拝啓 車寅次郎様』における、若いカップルに注がれる監督の目線が、なんとも思い入れたっぷりで、この関係がこれ一本で終わるはずがない、と、思えて仕方がないのだ。その辺をよく見て、お客様それぞれに失われた二本を想像していただくと、より楽しめる。
(解説 2010.1)
実を言うとこの回は、大井武蔵野館支配人の説をまるまるパクッた。筆者は元大井の映写なのである。
第二十四回・マツケン一門再び(2008.3)
以前にも一度書いたが、マツケン一門とは、松浦健郎を頂とする脚本家集団のことである。
今月は、『風速40米』と『銀座の次郎長 天下の一大事』という、日活時代の代表作とも言うべき二本が上映される。マツケンは、どちらも原作者としても名前を連ねている。
『風速40米』は言わずと知れた、石原裕次郎にとっても代表作とも言うべき一本。
『銀座の次郎長 天下の一大事』は、奇想天外なコメディ・シリーズである。
どう奇想天外かというと、シリーズのある作品では、日本のトルコ風呂(現、ソープランド)に異を唱えたトルコ人が、東京銀座に本物のトルコ風呂を作りに来るなんて話しがあった。
思えば、『トルコ風呂』の呼び名が使えなくなったのは、実際にトルコ人からのクレームを受けてのことだから、マツケンには予知能力でもあったのだろうか? 恐るべき先見の明である。
今回上映の『天下の一大事』、一体なにが一大事かというと、それはもうトンデモないことであるから、見てのお楽しみ。
ところで、この『銀座の次郎長』は『暴れん坊』シリーズに属する作品。途中でタイトルが変わっているために勘違いしやすいので、要注意だ。
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